ズボラ生活
日々の生活,心理学の研究などなどについて,ダラダラと書いていきたいと思います。
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今日の勉強会
職場の勉強会に行ってきた。
テーマが成人のASDの妄想反応についてだった。
以前から、発達障害の方に妄想的・強迫的言動が見られるような気がしていたのだが、たんに、自閉症スペクトラム圏特有のこだわり行動とはまたちょっと違うような気がしていたし、妄想反応や強迫症状が社会適応の大きな妨げになるので、大変興味深く講義を聞かせて頂いた。

具体的にはいくつかの事例検討だったのだが、まとめとして、自閉症圏にある人の社会化の過程において、他者という観点、あるいは自己以外のパースペクティブを獲得することによって発現する症状ではないかということだそうだ。
つまり、もともと彼らのパースペクティブは限局されたものだけど、社会化する過程では必ず他者の視点や様々な視点に立って物事を考えたり、行動することが要請される。そこで、無理にパースペクティブを拡大、転換させる事によって、精神症状が発現する(特に、自己関連妄想、被害妄想等→自己が極端に客体化されてしまう?)ということなのかもしれない。換言すると、この症状群はある意味、社会化の過程で起こりうる「発達的」な転換と言えるのかもしれない。オランダの研究者によると、「発達的」な転換というよりも、「退行」現象として、自閉症圏の方の妄想的症状を捉えているらしい。

結論としては、ASDの人たちに要請される「社会性」とは、彼らにとっては非常に獲得困難なものであり、簡単に社会性を身につけさせようと具体的なトレーニングなどを行う事には慎重であった方が良いかもしれないということらしい。なぜなら、何度も繰り返すように、社会化の過程で、パースペクティブが無理に拡大、転換し、場合によっては妄想様の反応が生じるからだそうだ。ちなみに、この妄想様の反応には薬はあまり効かないらしい。

以上、大体こんな内容だったように思う。

確かに、近年では自閉症圏の子どもにはやたらとSSTが必要だと言われている(確かに必要な子もいるし、その効果も認めている)が、やっぱり、無理をさせてしまっている場合もあるような気がする。
何事も程々にということなんだろうが、その見極めってかなり難しいと思う。
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