ズボラ生活
日々の生活,心理学の研究などなどについて,ダラダラと書いていきたいと思います。
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矛と盾
こないだSVの先生と話をしていたのだけど,

臨床心理の教育者・研究者を目指す人にとって,その博士課程とは非常に矛盾に満ちているという。

それは,臨床現場に出てばっかりいると研究をすることが時空間的に難しくなるからである。極端に言うと,僕のようなペーペーが言うのもなんですが,本気で臨床やってたら研究する余裕はないように思う(研究も臨床の一部という意見はとりあえず置いときます)。ましてや,生計を立てることが必要な人にとっては,臨床現場は実践の場であり収入を得る場ともなる。現場からの声を聞いてみると,すべての人がそう言っているのではないが,「臨床系の研究者は研究ばかりで現場にでない」というのをしばしば耳にします。

一方,大学などの研究機関に目を転じてみると,「臨床の人は研究していないからダメだ」などという声をしばしば聞きます。

だけど,どちらかというと臨床にコミットしていて,かつ経済的自立を強いられている僕の立場から言わせてもらうと,何はさておきすべての優先順位は「最低限の衣食住に困らない生活」です。なので,仕事を優先せざるを得ないのです。

そしてまた,研究を熱心にしていると,臨床現場が疎かになるし,経済的自立をしている人(せざるを得ない人)にとっては,生活そのものが成り立たなくなる(ただし,奨学金を貰っていて,なおかつ授業料and/or生活費などを自ら稼ぐ必要がない人は別)。そしてまた,研究するにはお金がかかります。この点は大学とか指導教官によりけりでしょうが,運が悪い人は何から何まで自腹購入になるので,このことに関して経済的な工面をする必要があります。→この点に関しては,もうちょっと思うことがあるので,後日もうちょっと詳しく書きます。

だけど,近年の風潮では大学教員は論文業績・成果主義が主流となりつつあるようです。
だから,豊富な臨床経験を持っているけど論文を1本しか書いていない人と,ケースとか現場はあんまり経験したことないけど,事例論文と実証研究論文が少しある人とだったら,大学教員の採用という場合,後者の方が有利なことがあり得るということです。

ただし,現場から引き抜かれてきた大学教員も山ほどいるので,前者・後者のいずれが臨床家・研究者として優れているかどうかは分からないのですが・・・。(余談ですが,最近は教員ポストを巡る大学閥の裏ルートみたいなのが実はあるんじゃないかという気がしてきた。こんなことを言うと,僕が三流大学にいることを曝しているのと同じなんですが・・・)

こんな事態が起こってしまうのは,そもそも大学の構造的な問題が多々あるとは思うのですが,とはいえ,僕のようなペーペーは,臨床経験も少ないし,自慢できるほど研究業績もあるわけじゃないので,いずれにしても,現状ではアカデミックな世界で生きて行くことは難しいように思うのです。

最終的に,結局自分の愚痴になってしまったのですが,やっぱり大学の構造にはどうしても腑に落ちない点が僕にはあるのです。

大学の構造だけではなくて,臨床心理学の歴史の浅さとか,専門家養成システムがまだまだ整備されていないことも関係しているのだろうけど・・・。
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