ズボラ生活
日々の生活,心理学の研究などなどについて,ダラダラと書いていきたいと思います。
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良いカウンセラーになる?
今日は職場の研修の一環で,グループSVがあった。
講師は,某大学の偉い(かどうかはわからんが)先生。まあ,こないだの心臨でもシンポをしてたぐらいだからそこそこ名の知れた人なのだろう。ちなみに,僕は今の職場に行くまで,その先生のことは知らなかった。

いつもなら事例検討なのだが,今回は事例検討をしたいと名乗り出る人がいなかったので,講師による「良いカウンセラーになるためには」という題目の講義をしてもらった。

内容は,その講師のこれまでの経験などから,こうこうこういう心構えが大切ですよ,というようなものだった。
その先生曰く,「絶対に良いカウンセラーになるという決意を持つこと」が大切なのだそうだ。そのような人は自分にとって「良い選択」を重ねていくことが出来るのだそうだ。

確かにそうかもしれない。

また,その講義のキーワードとしては,「カウンセラーの実力」,「自己理解」なども重要なものだったのだろう。

しかし,そもそも,「実力のある」カウンセラーというのは一体何なのだろうか?「良いカウンセラー」とは,どういうカウンセラーなのだろうか?今日の講義からは全くわからなかったのだが,そのあたりの定義づけがしっかりなされていないことには,実力のある良いカウンセラーになりたいかどうか尋ねられてもわからないものである。

そのあたりは自分で考えろということなのかもしれない。

だから当然,うちのスタッフはみんな,実力のある良いカウンセラーになりたいと問われても,皆わからないという回答だったらしい。

当然の結果といえば当然だろう。

だって,自分が「実力」のある「良い」カウンセラーになったぞ!と息巻いてみても,クライエントにしてみれば,必ずしもそう受け止めてもらえるかなんてわからないからだ。だから,カウンセラーに実力があるかどうかを決めるのは,結局はクライエントしかいないのだろう。

そしてもうひとつ。カウンセラー自身の自己理解について。
カウンセリングを行うに当たって,カウンセラー自身の問題が,カウンセリングの展開を阻むことは良くあることだろう。だから,今回の先生もカウンセラー自身の問題をしっかりと理解して解決する努力をするようにと強く勧めていた。

これも納得。だけども,講師曰く,そのようなカウンセラーの自己に内在する葛藤がクライエントの病理と共鳴しうる,とも言っていた。いろいろな本にもこのような類のことは書いている。

では,カウンセラーが自己の問題を完全に解決してしまった時,クライエントとの共感可能性はなくなってしまうのではないだろうか?なぜなら,カウンセラー自身の問題が,クライエントの病理と共鳴するならば,カウンセラーに葛藤がなくなってしまったとき,共鳴する源はなくなってしまうからだ。

本当に大切なことは,カウンセラーが自己の問題を完全に解決してしまうのではなく,自己にどのような問題を抱えているのかを透徹した眼差しで見据えることができるかどうか,そして,その問題がクライエントの病理と如何にして共鳴しているのかを感知する客観性ではないだろうか。

結果的に今日の講義からは色々なことを考えさせられたという点でとても有益なものだったように思う。
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